はりくやまく

琉球舞踊・組踊・古典音楽を見たり、聞いたり、のメモ

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

椎の川~じんじん 2

じんじん裏



「椎の川~じんじん」は良作である。しかし、いくつかの不満(好みでないところ)もある。
作者の大城貞俊は<「生きる事は尊い」という大切なことを伝えるという必要を感じていた。その支えとなる家族や夫婦の愛情、他人への思いやりについて見つめなおしたい>と再舞台化の意図を語っている。そうであるならば、なぜハンセン病になった静江を殺したのか、疑問が残るし、残念だった。難病の母親が死ぬという「定番」がなくても、命の大切さを伝えることはできるし、家族の絆を描くことはできると思うのだ。

大城はハンセン病患者の証言集編集長であり、この病気と患者、回復者の最大の理解者の一人である。ハンセン病への差別と偏見を知り抜いているせいか、劇中での差別の描写は、苛烈さを抑えている。家族はあくまでも静江を守ろうとし、村人も忌避し悪口をいうだけだ。強制的に療養所送りにせず、患者狩りに来た日本軍に居場所を教えることもない。もっと露骨な表現をするべきだというのではない。作者は、周囲の状況はマイルドにしておきながら、静江は悲劇的に急死させる。神経障害による呼吸困難という可能性もあるが、ちょっと不自然でもある。もちろん芝居だから、構わないといえばそうなのだが、「母の死」を盛り上げ材料にする作劇法は性にあわない。(子供がかわいそうになる話はやっぱり苦手。)

<ハンセン病問題を風化させてはならない>というのも再演のもう一つの意図だった。リハーサルを見たハンセン病問題ネットワーク沖縄の森川恭剛共同代表が<ハンセン病文学のジャンルの新たな名作だ。役者の素晴らしい演技で病気のつらさが伝わる内容になっている>と評したように、成果は上がったのだろう。しかし、幕切れのナレーションで、ハンセン病の歴史と法律廃止後も課題は続いていることなどを紹介したのは蛇足だったと思う。観客は劇を見に来たのであって、啓発されに来たのではないだろう。

伊江島での戦いに敗れた夫源太が、村の後輩と筏で本島にわたろうとする一場は、いらないのではないか。戦争や国家への疑問やそれらに押しつぶされる個人への眼差しは貴重ではあるが、芝居の筋に直接絡まないので冗長だし、「啓発」されている気分になる。

息子太一には、病気を治す医者になることを奨励し、娘美代には「可愛いお嫁さん」になる夢を掛けるのも、時代とはいえ、なんだかなと思うところではある。

理解力不足もあって、いくつか脚本への不満を連ねたが、演出と出演者の力もあって、いい芝居になっている。
幸喜良秀が<身体にはウチナーンチュの伝統的な表現がしみ込んでいる>として起用した若い琉球舞踊家たちの演技は見ものだ。


 参考・沖縄タイムス5月30日付

スポンサーサイト

Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

亀千代

Author:亀千代
「歌たい舞うたい」と「子の会」のファンがつらつら書いてます。

文中敬称略の部分がありますが、ご了承ください。
エントリの間違いはぜひご指摘ください。

カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

最新記事

最新トラックバック

FC2カウンター

FC2ブックマーク

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。