はりくやまく

琉球舞踊・組踊・古典音楽を見たり、聞いたり、のメモ

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花の幻

花の幻1


8月29日 国立劇場おきなわ

28、29日に2公演されたうち、2日目を見た。組踊などの琉球芸能界の大立者・玉城盛重をモデルにした踊玉城が沖縄戦に倒れる時まで芸能の命脈を絶やすまいと案じ、娘と弟子である尾類に志を託す物語である。

賛否両論の感想が耳に入ってくる。個人的には「否」に傾いている、というか疑問点が残る組踊だった。と書いて思ったのだが、これは「組踊」だったのだろうか、という思いがぬぐえないでいる。現代音楽を取り込む試みはまだしも、砲弾のサウンドエフェクトや、派手な照明、つらねが多用された脚本が額縁舞台の上で展開していくのを見ていると、なんだか芝居を見ているようだと思った。逆に言えば芝居としてなら面白い。組踊の誕生をテーマにした<嵐花>のように「芝居」と銘打っていれば、きっと拍手喝采しただろう。


大城立裕の原作は、作者の思いが詰まっている。組踊脚本集の表題作にするくらいだから、自信作なのだろう。女性への古典芸能の継承や国家の暴力性なども素材に盛り込まれた、興味深いけれど舞台化は困難だろうと思える作品に、演出の幸喜良秀も力が入っていた。若手の出演者に芸を伝えていこうと意気込んでいたように見えた。宣伝文句にも<沖縄芝居実験劇場が「芸能の継承」をテーマに上演に挑む>とうたわれていた。

この「継承」という言葉が、<花の幻>への違和感を大きくしたのかもしれない。
「継ぐべきもの」は何なのだろうか。「創作組踊」の上演なのだから「組踊」の継承を狙っていると解釈するのが自然だろう。だが、脚本家と演出家は「組踊」の様式(底力)は弱いと受け取られかねない発言をしている。
大城は<戦争の場面を組踊の様式の範囲内でどう描くか、思案のしどころであった。音楽と照明に頼るのはいうまでもないが、古典音楽では無理だろう>(『花の幻―組踊十番』、公演パンフに再録)と述べている。菅掻での戦火の描写なども考えたということなので、試行錯誤の末だとは思うが、なぜ「無理」というのか。演出は派手な効果音と照明で注文にこたえた。<若干の小道具があれば何もない空間で全てを描き出せると信じていた>(公演パンフ)<「(抑制された表現が特長の)組踊は(見る側も)想像力が必要。沖縄戦を描くのに向いている。組踊を世界へ開く契機になる」と強調する>(琉球新報8月14日)にも関わらずだ。新演出への挑戦はいいけれど、「継承」を掲げた公演ではいわゆる伝統の様式の中でやってほしかった。箏、笛、太鼓は実力のある奏者が揃っていたのだから、SEはなくても十分聞かせられたと思う。組踊は現代でも生命力のある芸能だ。それを引っ張ってきた功労者の2人だからこそ、残念だった。


面白かった点は、冒頭に登場する<黒い妖怪>の一群である。戦火の象徴である妖怪たちは迷彩布をまとい大きな旗を振りながら舞台を侵食し、戦場をさまよう尾類を襲う。この時は現代音楽が使われ、踊りも京劇のようだ。しかし、中国演劇と組踊の親和性はいうまでもないことだし、琉楽との縁も深い新垣雄の音楽も合っていた。妖怪の一群はここだけだった。後半の踊玉城が流弾に倒れる場面にも出てくれば、戦に滅ぼされようとする琉球芸能の象徴にもなってもっと良かったと思う。

日本兵の台詞も興味深かった。大和口を8886調のリズムで唱えさせていた。一時案になっていた、謡と詩吟を混ぜて崩したようなリズムも面白かったけれど、これはこれで楽しかった。

起用された若手の役者たちは、頑張っていました。

女性たちも、組踊経験の豊富な男性陣に喰らいつこうとしていました。
妖怪役の一人にこれまで、影が薄いというか頼りない印象の役者がいたのだけれど、今回一変して積極的な印象を受け、ちょっと頼もしかった。







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Comment

NoTitle 

はいたい、組踊りかどうかは別として、私はこの作品、好きです。
素人なので、逆に何でも言えるのですが(強気)
実験劇場というからには、何でもやってみればよいと思うので、
より組踊りに近いバージョン、歌劇風味のバージョン、
うちなー芝居バージョンと展開してもらいたいなあと思うのです。
個人的には、唱えフェチなので、唱えは残してもらいたいですが。
黒い妖怪、とてもよかったと思います。
私もSEや照明より、むしろ黒い妖怪だけで
「戦場」を象徴してほしいと思いました。
そして、戦場を強調するためにも、踊玉城が倒れる前後と
ラスト近くにも使ってほしかったです。
女性二人も大和の兵隊も、ちじゅやーもとても印象的でした。
再演が待ち遠しいです。
  • posted by セバ@宜野湾 
  • URL 
  • 2010.09/11 00:40分 
  • [Edit]

Re: NoTitle 


はいさい。
いろいろと意見が出てくるのは、インパクトのある作品だということだと思います。


「実験劇場」がいろいろ実験するのはいいと思います。でも、今回は実験の方向が違うのかなと思いました。古典的な題材に新しい演出を盛り込むという実験はこれまで何度かされています。そうであれば、原作に「銃砲声」と指定のあるような作品ならば、もっと伝統的な手法で舞台化する実験をしてほしかったです。
たとえば、踊玉城が死んで、遺骸が舞台に残る場面があります。そして女性たちが遺骸を引っ張って上手にはけます。とても具体的な演出です。<「(抑制された表現が特長の)組踊は(見る側も)想像力が必要>と語る演出家が、敵討ちでも決定的な場面を見せずに想像させるという組踊の手法を捨てた理由が分かりませんでした。
その前の、踊玉城が戦火の真っ赤な照明の中で踊る場面も、芝居<嵐花>の終盤の朝薫(大田さんが格好良かった)の手振りに負けていた気がします。

>私もSEや照明より、むしろ黒い妖怪だけで
「戦場」を象徴してほしいと思いました。
そして、戦場を強調するためにも、踊玉城が倒れる前後と
ラスト近くにも使ってほしかったです。

SEはいらないのでは?という感想は何人かから聞きました。
同じ考えの方がいるのは心強いです。
浜千鳥は良かった。あと、新垣さんの<せんする節>のアレンジは気持ち良かった。

今週末は「今帰仁落城」ですね。また感想を聞かせてください。
  • posted by 亀千代 
  • URL 
  • 2010.09/11 13:25分 
  • [Edit]

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