はりくやまく

琉球舞踊・組踊・古典音楽を見たり、聞いたり、のメモ

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社会人のための組踊鑑賞教室 ?

2部の組踊「執心鐘入」もなかなか。

 中城若松の人間像にはいろいろな解釈があると思うが、宮城茂雄が演じると、少年らしい青さを持った人物のようだ。宿を借りようと女に頼むところで、日が暮れて困っている旨を何度も述べ、「情け」を求めるが、その「情け」は「迷子を助けないと」といった意味での情けだと感じる。たとえ「中城若松」という名前を自ら持ち出したとしても、美少年としての名声を利用しようというよりは、身元証明に役立てたいという思いからという雰囲気だった。
 そういう色香を知らない(首里奉公を第一で恋情に気付かない)、「うぶ」な若松であるから、女の執心・豹変ぶりに恐れをなして逃げ出すのにも説得力がある。

 他の人が演じると、また違った若松になるだろう。たとえば、次回の鑑賞教室で演じる佐辺良和なら、自分の美少年としての名を自覚し、それを使って「情け」を乞う若松になりそうだ。女のいう「語らい」がそれ以上のものであるだろうことを知っている、また女が意を決して口説きにかかるのを振るのも、身分の高低を考えれば、若松にとっては当然のことだ。それだけに、女の執心の強さ目の当たりにすると「やりすぎた」と驚いたり、後悔する人物になるのだろう。
 若松は次回の楽しみとして、今回の佐辺は、鐘入りの鬼女を演じた。つりさげられた鐘から体を垂れる。もう少し身を乗り出しても良かったかと思ったけれど、迫力があった。

小僧たちも面白かった。特に小僧3の金城真次。鬼女との攻防を終えても全く懲りないコミカルさで、物語を明るく締めくくった。

地謡は、独唱を多用していたが、3人それぞれ良かった。特に女が鬼女に変じる場面の「散山節」。仲村逸夫が染みる。目をつぶって聞き入ってしまうほど。この世ではもはや縁がないと、身を焦がす執心。若松を宿に迎え入れたときの「干瀬節」独唱との落差が切ない。
また「子の会」が揃う(と銘打ってはいないけれど)のは、一般ではなかなか聞けないので、その意味で楽しかった。

今年度の鑑賞教室は、立方、地謡ともにメンバーを固定し、役どころを変えていくようだ。
次回は8月8日。佐辺の若松、宮城の宿の女という組み合わせ。親子鑑賞教室だが、子連れでなくても入れるそうだ。チケットが通常の半額なのも、お得感がある。
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