はりくやまく

琉球舞踊・組踊・古典音楽を見たり、聞いたり、のメモ

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獅子か椰子か

過日、万葉の故地・近江に遊んだ人の旅行記を読む機会がありました。人生の転機を迎え、近江富士の彼方にあるものを求めて旅に出ると結ばれていました。土地にゆかりの万葉歌はもちろんのこと、室生犀星の詩、斎藤茂吉、井伊文子の短歌などをひきながら筆は詩的に進んでいくのですが、旅行記の本旨とは直接関係ない、琵琶湖湖畔に佇むある歌碑の話が目にとまりました。

ささ浪の比良の都のかり庵に尾花乱れて秋風そ吹く 
万葉集より

無手勝流で読むと、すすきに埋もれた廃都に結んだ仮の宿に吹き込む秋風に、往時をしのび心乱れる…といった光景が浮かんできます。近江の地名につく枕詞、万葉でもポピュラーな尾花、上代っぽい係り結びと、道具立てもなかなかです。

ところが、この歌、万葉集には収められていないのだそうです。一読、違和感を覚えた一行は、すぐさま携帯万葉集を取り出し、確かめたといいます。写真を見る限り、結構立派な石に彫ってあり、公有地に建っているようだから、それなりの手続きがふまれただろうに、どうして不正確な歌碑ができあがったのでしょう。そして、何人がこの歌碑と比良の山を眺め、打ち寄せるさざ波を聞きながら、私のような珍解釈をしたのだろうかと、苦笑してしまいました。

歌碑の件は極端かもしれませんが、昔からそうなっていると思っていたものが、実は違っていたというか、後代につくられたものだと知るのは結構な驚きです。

組踊を見始めたころのことです。『万歳敵討』の謝名兄弟の扮装が「間違っている」という矢野輝雄の指摘を読みました。腰につけているヤシの水筒が、違うというのです。『校註琉球戯曲集』に「赤鼠染袋に椰子」とあるのに従った演出ですが、矢野は具志頭本に「赤鼠染袋ニ獅子」とあることや、1967年の国立劇場公演では見られなかった小道具であることなどを示して「椰子」は「獅子」の誤りであり、「椰子の水筒は誤植が生んだ珍演出」と断じています。『戯曲集』の校正作業が十分でなかったとの指摘は多いですから、矢野説には説得力があります。
「椰子」が誤植だとすると、現行の演出は改めるべきなのでしょうか。前述の「万葉の歌碑」は最低でも事実に反した「万葉集より」の部分を削るなりの処置が必要ですが、組踊の場合はどうでしょうか。

『万歳敵討』の作者・田里朝直も訪れたことのある江戸に「どぜう鍋」という名物があります。老舗の一つ「駒形どぜう」の創業は1801年ですから、朝直生誕からおよそ100年後のことです。「どぜう」の仮名遣いですが、これは正しいものではありません。「どぢやう」または「どじやう」と書くのが正しいそうです。なぜ「どぜう」になったのか。江戸の大火で店が焼けたときに、「四文字は縁起が悪い」として、奇数の「どぜう」とい表記に改めたそうです。店は繁盛し、同業者もこれに習いました。意図的な表記で誤植ではありませんが、200年以上も続いているのは「どぜう」の表記が、縁起が良く粋だと広く認知されたからでしょう。

『万歳敵討』の「椰子の水筒」は矢野の指摘どおりだとすると、四十年あまりの歴史に過ぎない演出ですが、京太郎姿の扮装と意外にマッチしていることもあって、このまま定着するのかもしれません。

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