はりくやまく

琉球舞踊・組踊・古典音楽を見たり、聞いたり、のメモ

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重要無形文化財2

今回の指定は、江戸立に始まる(もっとさかのぼるかな)、日本の琉球[芸能の受容(取り込み)で、一つの大きな節目になると思います。1972年の復帰に際して琉球の国劇であった組踊を日本国の重文にしたのは象徴的でしたし,島津侵攻400年の年に琉舞が指定と言うあたりに政治色をかぎ取る人もいるかもしれません。そのほか、2000年に島袋正雄、照喜名朝一先生を古典音楽三線で、2003年に島袋光史先生を組踊音楽太鼓、2005年に城間太郎先生を組踊音楽歌三線、2006年に宮城能鳳先生を組踊立方で人間国宝に認定しています。流派のバランス、国立劇場おきなわの建設、芸大など、憶測をすればきりがありません。


昭和30年の第10回芸術祭を考えてみたいと思います。当然復帰前ですが、真境名由康先生、真境名佳子先生などが参加されました。このときは、琉球舞踊を芸術として扱うかどうかというところから問題になりました。田辺尚雄氏の答申により、民俗性よりも芸術性が認識されました。矢野輝雄氏は≪文化庁の一つの基準になっている≫と述べています。(その割には、国立劇場のデータベースで、民俗芸能に分類されていますが)
ちなみに「かせかけ」を踊って絶賛されたのが喜納幸子(今の宮城幸子)先生です。南風原逸子先生との連舞は、東恩納寛惇氏をして≪優美至極のものであった。こちらの人に何が一番よかったかと訊くと、誰もがこの踊をあげる≫と言わしめています。

本題に戻って、本土からの視線、評価は沖縄芸能の発展において大きな刺激にもなり、枷にもなってきたと思います。
今回のメッセージは「世代交代への警鐘」ではないでしょうか。
前出の宮城幸子先生をはじめとする「沖縄伝統舞踊二次認定」の先生方はいい意味でお化けのような存在です。次の世代との格差は素人目にも感じます。しかし、その芸の継承が今一つうまくいっていないのではないかという警鐘を鳴らすタイミングを計っていたのではないでしょうか。重文認定により、保持者のますますの活躍はもとより、中堅世代の奮起を促す意味があるのではないでしょうか。

重文になったから、役所に認められたから偉いわけでもありませんし(実際に前田千加子先生のように、県指定すら受けなくても立派に心に訴える踊りをなさる方もいます)、ただ、琉球舞踊がいい方向に進むきっかけの一つになればと、ファンの一人として願っています。尊敬するある先生は、東京公演で、「中央」を強調する主催者に「沖縄が本場」と答えたそうです。本土に頭をなでてほしい人より、こういう根を持った方の芸能を見たいし、聞きたいと思います。


参考「琉球舞踊の記録」沖縄文化協会、「沖縄舞踊の歴史」矢野輝雄、国立劇場資料など



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